2005年11月05日

遺言 森林太郎

死ハ一切ヲ打チ切ル重大事件ナリ奈何ナル官憲威力ト雖モ此ニ反抗スル事ヲ得スト信ス
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「なかじきり」 森鴎外

わたくしは何をもしていない。一閑人として生存している。しかし人間はエジエタチイフにのみ生くることあたわざるものである。人間は生きている限は思量する。閑人がおうおう碁を囲み骨牌を弄ぶゆえんである。
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「渋江抽斎」 森鴎外

安政五年に抽斎の没した時、長八は葬式の世話をして家に帰り、例によって晩酌の一合を傾けた。そして「あの檀那様がお亡くなりなすってみれば、己もお供をしてもいいな」と言った。それから二階に上がって寝たが、翌朝起きて来ぬので女房が往ってみると、長八は死んでいたそうである。
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2005年09月25日

「羽鳥千尋」 森鴎外

先生の見卸しておいでになる遠い麓の群衆の中で、小さい声のするのに、しばらくの間耳を借して下さい。そして「お前は誰だ」と問うてください。
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2005年09月08日

「ヰタ・セクスアリス」 森鴎外

僕はどんな芸術品でも、自己弁護でないものは無いように思う。それは人生が自己弁護であるからである。あらゆる生物の生活が自己弁護であるからである。木の葉に止まっている雨蛙は青くて、壁に止まっているのは土色をしている。草むらを出没する蜥蜴は背に緑の筋を持っている。砂漠の砂に住んでいるのは砂の色をしている。Mimicryは自己弁護である。文章の自己弁護であるのも、同じ道理である。
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2005年08月27日

「じいさんばあさん」 森鴎外

 その翌年の文化六年に、越前国丸岡の配所で、安永元年から三十七年間、人に手跡や剣術を教えて暮らしていた夫伊織が、「三月八日浚明院殿御追善の為、御慈悲の思召を以て、永の御預御免仰出され」て、江戸へ帰ることになった。それを聞いたるんは、喜んで安房から江戸へ来て、竜土町の家で、三十七年振に再会したのである。
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「境事件」 森鴎外

これは八月二十七日にあった明治天皇の即位のために、八人が特赦を受けたので、兵士とは並の兵卒である。士分取扱の沙汰は終に無かった。
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「阿部一族」 森鴎外

 二人は槍の穂先と穂先とが触れ合うほどに相対した。「や、又七郎か」と弥五兵衛が声を掛けた。
 「おう。かねての広言がある。おぬしが槍の手並みを見にきた。」
 「好うわせた。さあ。」
 二人は一歩しざって槍を交えた。暫く戦ったが、槍術は又七郎の方が優れていたので、弥五兵衛の胸板をしたたかに衝き抜いた。弥五兵衛は槍をからりと棄てて、座敷の方へ引こうとした。
 「卑怯じゃ。引くな。」又七郎が叫んだ。
 「いや逃げはせぬ。腹を切るのじゃ。」言い棄てて座敷に這入った。
 その刹那に「おじ様、お相手」と叫んで、前髪の七之丞が電光の如くに飛んで出て、又七郎の太股を衝いた。入懇の弥五兵衛に深手を負わせて、覚えず気が弛んでいたので、手練の又七郎も少年の手に掛かったのである。又七郎は槍を棄ててその場に倒れた。
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2005年08月24日

「阿部一族」 森鴎外

井の底にくぐり入って死んだのは、忠利が愛していた有明、明石と云う二羽の鷹であった。そのことがわかった時、人々の間に、「それではお鷹も殉死したのか」と囁く声が聞えた。
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2005年08月17日

「舞姫」 森鴎外

 嗚呼、相沢謙吉が如き良友は世にまた得がたかるべし。されど我脳裡に一点の彼を憎むこころ今日までも残れりけり。
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「高瀬舟」 森鴎外

 庄兵衛は只漠然と、人の一生というような事を思って見た。人は身に病があると、この病が無かったらと思う。その日その日の食がないと、食って行かれたらと思う。万一の時に備える蓄えがないと、少しでも蓄えがあったらと思う。蓄えがあっても、又その蓄えがもっと多かったらと思う。かくの如くに先から先へと考えて見れば、人はどこまで往って踏み止まることが出来るものやら分からない。それを今目の前で踏み止まって見せてくれるのがこの喜助だと、庄兵衛は気が附いた。
 庄兵衛は今さらのように驚異の目をみはって喜助を見た。この時庄兵衛は空を仰いでいる喜助の頭から毫光がさすように思った。
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2005年08月15日

「妄想」森鴎外

大抵人の福と思っている物に、酒の二日酔をさせるように跡腹の病めないものは無い。それの無いのは、只芸術と学問との二つだけだというのである。
posted by ヒメスケ at 19:46| 森鴎外 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「妄想」 森鴎外

死を恐れもせず、死にあこがれもせずに、自分は人生の下り坂を下っていく。
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「カズイスチカ」 森鴎外

 翁は病人を見ている間は、全幅の精神を以って病人を見ている。そしてその病人が軽かろうが重かろうが、鼻風だろうが必死の病だろうが、同じ態度でこれに対している。盆栽を翫んでいる時もその通りである。
 花房学士は何かしたい事若しくはする筈の事があって、それをせずに姑く病人を見ているという心持である。それだから、同じ病人を見ても、平凡な病だとつまらなく思う。Interessantの病症でなくては厭き足らなく思う。又偶々所謂興味ある病症を見ても、それを研究して書いて置いて、業績として公にしようとも思わなかった。勿論発見も発明も出来るならしようとは思うが、それを生活の目的だとは思わない。終始何か更にしたい事、する筈の事があるように思っている。しかしそのしたい事、する筈の事はなんだか分からない。或時は何物かが幻影の如くに浮かんでも、捕捉することの出来ないうちに消えてしまう。女の形をしている時もある。種々の栄華の夢になっている時もある。それかと思うと、その頃巌を見たり無関門を見たりしていたので、禅定めいたcontemplatifな観念になっている時もある。とにかく取留のないものであった。それが病人を見ている時ばかりではない。何をしていても同じ事で、これをしてしまって、片付けて置いて、それからというような考をしている。それからどうするのだか分からない。
 そして花房はその分からない或物が何物だということを、強いて分からせようともしなかった。唯或時はその或物を幸福というものだと考えて見たり、或時はそれを希望ということに結び付けて見たりする。その癖又それを得れば成功で、失えば失敗だというような処までは追求しなかったのである。
 しかしこの或物が父に無いということだけは、花房も疾くに気が付いて、初めは父がつまらない、内容の無い生活をしているように思って、それは老人だからだ、老人のつまらないのは当然だと思った。そのうち、熊沢藩山の書いたものを読んでいると、志を得て天下国家を事とするのも道を行うのであるが、平生顔を洗ったり髪を梳ったりするのも道を行うのであるという意味のことが書いてあった。花房はそれを見て父の平生を考えてみると、自分が遠い向こうに或物を望んで、目前の事を好い加減に済ませて行くのに反して、父はつまらない日常の事にも全幅の精神を傾注しているということに気が附いた。宿場の医者たるに安んじている父のresignationの態度が、有道者の面目に近いということが、朧気ながら見えて来た。そしてその時から遽に父を尊敬する念を生じた。
 実際花房の気の付いた通りに、翁の及び難いところはここに存じているのである。
posted by ヒメスケ at 19:42| 森鴎外 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「普請中」 森鴎外

日本はまだ普請中だ
posted by ヒメスケ at 18:55| 森鴎外 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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