2006年01月24日

「ツァラトゥストラはこう言った」 ニーチェ

あまりにも長いこと、女性の内部には奴隷と専制君主が隠れていた。そのため、女性はいまだに友情を結ぶ能力がない。女性が知っているのは、愛情だけである。
 女性の愛情のなかには、彼女が愛していないいっさいのものに対しての、不正と盲目がある。そして、知的にめざめた女性の愛情のなかにさえ、光があるとともに、不意討ちがあり、稲妻と夜が、依然としてある。
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「ツァラトゥストラはこう言った」 ニーチェ

―そのとき、かなたを見るがいい、わが兄弟たちよ!あなたがたの眼にうつるもの、あの虹、あの超人への橋。―
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「ツァラトゥストラはこう言った」 ニーチェ

「善い、とは何か?」とあなたがたはたずねる。勇敢であることが善いことである。小娘たちに言わせておくがいい、「善いこととは、優しい感動にみちたこと」と。
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「ツァラトゥストラはこう言った」 ニーチェ

愛のなかには、つねにいくぶんかの狂気がある。しかし狂気のなかにはつねにまた、いくぶんかの理性がある。
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「ツァラトゥストラはこう言った」 ニーチェ

人生の重荷は耐えがたい、とはいえ、そんなにめそめそした様子は見せないでくれ。私たちはことごとく重荷を担う力のある、けなげな、牡あるいは牝の驢馬なのだ。
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「ツァラトゥストラはこう言った」 ニーチェ

 感覚は感じ、精神は認識する。それらのものは決してそれ自体で完結していない。ところが感覚も精神も、自分たちがすべてのものの限界であるように、あなたを説得したがる。かれらはそれほどまでに虚栄的なのだ。
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「ツァラトゥストラはこう言った」 ニーチェ

さらに目ざめた者、識者は言う。わたしは

どこまでも身体であり、それ以外の何物で

もない。そして魂とは、たんに身体におけ

る何物かをあらわす言葉にすぎない。

 身体はひとつの大きな理性だ。ひとつの

意味を持った複雑である。戦争であり平和

である。畜群であり牧者である。

 あなたが「精神」と呼んでいるあなたの小

さな理性も、あなたの身体の道具なのだ。

わが兄弟よ。あなたの大きな理性の小さな

道具であり玩具なのだ。
posted by ヒメスケ at 02:13| ニーチェ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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