2005年12月17日

「愛の渇き」 三島由紀夫

みんなが寝静まったなかに孤独な動物のように息をひそめて眠らないでいたその耳の存在が、悦子にはふと親しいものに感じられた。老人の耳と言うものは清浄で叡智にみちた洗われつくした貝殻のようではないか?人間の頭部でいちばん動物的な格好をした耳が、老人にあっては智恵の化身のように思われる。悦子が弥吉のこの心遣りに必ずしも醜さばかりを感じなかったのはこのためなのか?彼女は慧智によって見戍られ愛されているように感じたのか?……
posted by ヒメスケ at 23:38| 三島由紀夫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。