2005年12月17日

「愛の渇き」 三島由紀夫

医院のこととて二階には病室が三つ並んでいるだけだ。廊下のつきあたりが窓になっている。この殺風景な窓から殺風景な街の風景が見渡される。あの廊下のクレゾールの匂い。悦子はあの匂いが好きだ。良人が短いまどろみに落ちるたび、彼女は思い切りあの匂いを吸い込みながら廊下を往復した。窓の外の外気よりもこの消毒液の匂いのほうが彼女の好みに合った。病気と死を浄化するこの薬品の作用は死の作用ではなくて生の作用かもしれない。この匂いは生の匂いかもしれない。朝風のように鼻腔に快い刺戟を与える、この苛烈な残酷な薬品の体臭は。
posted by ヒメスケ at 23:07| 三島由紀夫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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