2005年08月27日

「じいさんばあさん」 森鴎外

 その翌年の文化六年に、越前国丸岡の配所で、安永元年から三十七年間、人に手跡や剣術を教えて暮らしていた夫伊織が、「三月八日浚明院殿御追善の為、御慈悲の思召を以て、永の御預御免仰出され」て、江戸へ帰ることになった。それを聞いたるんは、喜んで安房から江戸へ来て、竜土町の家で、三十七年振に再会したのである。
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「境事件」 森鴎外

これは八月二十七日にあった明治天皇の即位のために、八人が特赦を受けたので、兵士とは並の兵卒である。士分取扱の沙汰は終に無かった。
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「阿部一族」 森鴎外

 二人は槍の穂先と穂先とが触れ合うほどに相対した。「や、又七郎か」と弥五兵衛が声を掛けた。
 「おう。かねての広言がある。おぬしが槍の手並みを見にきた。」
 「好うわせた。さあ。」
 二人は一歩しざって槍を交えた。暫く戦ったが、槍術は又七郎の方が優れていたので、弥五兵衛の胸板をしたたかに衝き抜いた。弥五兵衛は槍をからりと棄てて、座敷の方へ引こうとした。
 「卑怯じゃ。引くな。」又七郎が叫んだ。
 「いや逃げはせぬ。腹を切るのじゃ。」言い棄てて座敷に這入った。
 その刹那に「おじ様、お相手」と叫んで、前髪の七之丞が電光の如くに飛んで出て、又七郎の太股を衝いた。入懇の弥五兵衛に深手を負わせて、覚えず気が弛んでいたので、手練の又七郎も少年の手に掛かったのである。又七郎は槍を棄ててその場に倒れた。
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2005年08月24日

「阿部一族」 森鴎外

井の底にくぐり入って死んだのは、忠利が愛していた有明、明石と云う二羽の鷹であった。そのことがわかった時、人々の間に、「それではお鷹も殉死したのか」と囁く声が聞えた。
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2005年08月23日

「バカの壁」 養老孟司

 徳川家康は「人の人生は重荷を負うて遠き道を行くが如し」と言いました。この言葉をその通りだと思う人が、今時どのくらいいるのかは分かりません。私は遠き道を行くどころか、人生は崖登りだと思っています。
 崖登りは苦しいけれど、一歩上がれば視界がそれだけ開ける。しかし、一歩上がるのは大変です。手を離したら千仞の谷底にまっ逆さまです。人生とはそういうものだと思う。だから、だれだって楽をしたい。
 原理主義に身をゆだねるのは手を離すことに相当する。谷底にまっ逆さまだけれど、それは離れている人から見ての状態で、本人は、落ちて気持ちがいい。それだけのことでしょう。
 人生は家康型なのです。一歩上がれば、それだけ遠くが見えるようになるけれども、一歩上がるのは容易じゃない、荷物を背負っているから。しかし身体を動かさないと見えない風景は確実にある。

(中略)


 知的労働とは重荷を背負うことです。物を考えるということは決して楽なことじゃないよということを教えているつもりです。それでも、学問について、多くの学生が、考えることについて楽をしたいと思っているのであれば、、そこにはやはり、もうどうしようもない壁がある。それはわかる、わからないの能力の問題ではなくて、実は、モチベーションの問題です。それが非常に怖い。
 崖を一歩登って見晴らしを少しでもよくする、というのが動機じゃなくなってきた。知ることによって世界の見方が変わる、ということがわからなくなってきた。愛人とか競走馬を持つのがモチベーションになってしまっている。そうじゃなければカルト宗教の教義を「学んでいる」と言って楽をしているか。
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「バカの壁」 養老孟司

 江戸時代でも、士農工商と支配階級を固定して、武士だけに武器を持たせ、徹底的に有利にしておいて、やっと百姓とのバランスがとれていた。そのぐらい、都会の人間というのは弱い存在なのです。
 この強さは、人間にとっては食うことが前提で、それを握っているのは百姓だということに起因しています。何も難しい話しではない。終戦直後の混乱期に高い着物を一反持っていって、米は少ししかくれないなんてことはざらでした。そんなことは私の世代は体験的にわかっていることです。
 基盤となるものを持たない人間はいかに弱いものか、ということの表れです。しかし、今は殆どの人が都会の人間になっていますから、非常に弱くなった。その弱いところにつけ込んでくるのが宗教で、典型が一元論的な宗教です。
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「バカの壁」 養老孟司

百万円がないと首をくくった人もいれば、何億円も一瞬で稼いで、ドブに捨てるみたいに使っているやつもいる。金額の大きい方は、お金を触ってすらいない。武器でいえばミサイルとか原爆と同様の世界になっている。欲望が抑制されないと、どんどん身体から離れたものになっていく。根底にあるのは、その方向に進むものには、ブレーキがかかっていない、ということです。
posted by ヒメスケ at 01:24| 番外編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「バカの壁」 養老孟司

サラリーマンというのは、給料の出所に忠実な人であって、仕事に忠実なのではない。職人と言うのは、仕事に忠実じゃないと食えない。自分の作る作品に対して責任を持たなくてはいけない。
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「バカの壁」 養老孟司

意味を見出せない閉塞感が、自殺を始めとした様々な問題の原因となっています。かつて脚本家の山田太一さんと対談した際、彼は「日本のサラリーマンの大半が天変地異を期待している」と言っていました。もはや自分の力だけでは閉塞感から脱することが出来ない、という無意識の表れでしょう。実際には意味について考え続けること自体が大切な作業なのです。フランクルの言葉を借りれば、人生が常に私たちにそれを問うているのです。
posted by ヒメスケ at 01:18| 番外編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「バカの壁」 養老孟司

病気の苦しみには何か意味があるのか。医師の中には、そんなものには何の意味も無いとして、取り去ることを至上のこととする人もいるでしょう。しかし、実際にはその苦痛にも何か意味がある、と考えるべきなのです。苦痛を悪だと考えてはいけない。そうでないと、患者は苦痛で苦しいうえに、その状態に意味が無いことになって、二重の苦しみを味わうことになる。
posted by ヒメスケ at 01:13| 番外編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月18日

「バカの壁」 養老孟司

「知るということは根本的にはガンの告知だ」ということでした。学生には、「君たちだってガンになることがある。ガンになって、治療法がなくて、あと半年の命だよと言われることがある。そうしたら、あそこで咲いている桜が違って見えるだろう」と話してみます。
 この話しは非常にわかり易いようで、学生にも通じる。そのぐらいのイマジネーションは彼らだって持っている。
 その桜が違って見えた段階で、去年までどういう思いであの桜を見ていたか考えてみろ。多分、思い出せない。では、桜が変わったのか。そうではない。それは自分が変わったということに過ぎない。知るということはそういうことなのです。
 知るということは、自分がガラッと変わることです。したがって、世界が全く変わってしまう。見え方が変わってしまう。それが昨日までと殆ど同じ世界でも。
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2005年08月17日

「舞姫」 森鴎外

 嗚呼、相沢謙吉が如き良友は世にまた得がたかるべし。されど我脳裡に一点の彼を憎むこころ今日までも残れりけり。
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「高瀬舟」 森鴎外

 庄兵衛は只漠然と、人の一生というような事を思って見た。人は身に病があると、この病が無かったらと思う。その日その日の食がないと、食って行かれたらと思う。万一の時に備える蓄えがないと、少しでも蓄えがあったらと思う。蓄えがあっても、又その蓄えがもっと多かったらと思う。かくの如くに先から先へと考えて見れば、人はどこまで往って踏み止まることが出来るものやら分からない。それを今目の前で踏み止まって見せてくれるのがこの喜助だと、庄兵衛は気が附いた。
 庄兵衛は今さらのように驚異の目をみはって喜助を見た。この時庄兵衛は空を仰いでいる喜助の頭から毫光がさすように思った。
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2005年08月15日

「妄想」森鴎外

大抵人の福と思っている物に、酒の二日酔をさせるように跡腹の病めないものは無い。それの無いのは、只芸術と学問との二つだけだというのである。
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「妄想」 森鴎外

死を恐れもせず、死にあこがれもせずに、自分は人生の下り坂を下っていく。
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「カズイスチカ」 森鴎外

 翁は病人を見ている間は、全幅の精神を以って病人を見ている。そしてその病人が軽かろうが重かろうが、鼻風だろうが必死の病だろうが、同じ態度でこれに対している。盆栽を翫んでいる時もその通りである。
 花房学士は何かしたい事若しくはする筈の事があって、それをせずに姑く病人を見ているという心持である。それだから、同じ病人を見ても、平凡な病だとつまらなく思う。Interessantの病症でなくては厭き足らなく思う。又偶々所謂興味ある病症を見ても、それを研究して書いて置いて、業績として公にしようとも思わなかった。勿論発見も発明も出来るならしようとは思うが、それを生活の目的だとは思わない。終始何か更にしたい事、する筈の事があるように思っている。しかしそのしたい事、する筈の事はなんだか分からない。或時は何物かが幻影の如くに浮かんでも、捕捉することの出来ないうちに消えてしまう。女の形をしている時もある。種々の栄華の夢になっている時もある。それかと思うと、その頃巌を見たり無関門を見たりしていたので、禅定めいたcontemplatifな観念になっている時もある。とにかく取留のないものであった。それが病人を見ている時ばかりではない。何をしていても同じ事で、これをしてしまって、片付けて置いて、それからというような考をしている。それからどうするのだか分からない。
 そして花房はその分からない或物が何物だということを、強いて分からせようともしなかった。唯或時はその或物を幸福というものだと考えて見たり、或時はそれを希望ということに結び付けて見たりする。その癖又それを得れば成功で、失えば失敗だというような処までは追求しなかったのである。
 しかしこの或物が父に無いということだけは、花房も疾くに気が付いて、初めは父がつまらない、内容の無い生活をしているように思って、それは老人だからだ、老人のつまらないのは当然だと思った。そのうち、熊沢藩山の書いたものを読んでいると、志を得て天下国家を事とするのも道を行うのであるが、平生顔を洗ったり髪を梳ったりするのも道を行うのであるという意味のことが書いてあった。花房はそれを見て父の平生を考えてみると、自分が遠い向こうに或物を望んで、目前の事を好い加減に済ませて行くのに反して、父はつまらない日常の事にも全幅の精神を傾注しているということに気が附いた。宿場の医者たるに安んじている父のresignationの態度が、有道者の面目に近いということが、朧気ながら見えて来た。そしてその時から遽に父を尊敬する念を生じた。
 実際花房の気の付いた通りに、翁の及び難いところはここに存じているのである。
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「普請中」 森鴎外

日本はまだ普請中だ
posted by ヒメスケ at 18:55| 森鴎外 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「オリンポスの果実」 田中英光

あなたは、いったい、ぼくが好きだったのでしょうか。
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